kaili

JOURNAL

2022.06.22

意識と無意識

プラスティックの風呂桶の外側に反り返った”縁”について、今まで考えたこともなかった。TRAP BAGをつくってから、髪を洗うとき目を瞑っていても無意識的に掴みやすいという縁の恩恵を受けていることに気づいた。意識が完全に”無”であることはないので、無意識とは意識のグラデーションの中で意識が気づいていない水準での意識である(主観と客観が分かれる前とも言える)。そう考えるとは取手は意識的に掴むのに対して縁は無意識的に掴んでいることが分かる。

トートバッグの口元にトラップ(縁の役割をするテープ)がついているなんて、はっきりいってどうでもいいことなのかもしれない。日常の中で咄嗟に鞄の口元をクシャっと掴む状況があっても何の違和感もないのかもしれない。気づくか気づかないか、分かるか分からないかの瀬戸際だから提案する面白さがあり、腑に落ちたときのジャンプが大きい。

TRAP BAGの持ち主が別なトートバッグを使った時に無意識にある筈のないトラップを掴もうとしたならばこっちのものだ。まさしく罠にかかったようなものである。多くの風呂桶の縁が外側に反り返っているように、トートバッグのトラップが普遍になることはあるのだろうか。